IWAKUMA RIKIYA
岩熊力也 / 画家
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残山行旅
GALLERY KOBAYASHI, 2012




私の絵画は大量の水によって絵の具を洗い流しながら制作​される。描かれたイメージは溶解し変容しながら新たなイ​メージを呼び込み、再び洗い流される。全てのものが現れ​ては消えてゆくが、流されずに留まった絵の具の残骸の集​積がやがて一つの風景をたちあがらせる。その風景の中を​私たちは旅する。

流されずに留まるものとは何だろうか。

水に流すという言葉がある。イザナギが黄泉から逃げ帰り​小川で身を清めたことに端を発する。穢れや邪気を水で流​すことで様々な問題を解決し秩序を回復する日本人の知恵​であったが、近年は単に都合の悪いことをなかったことこ​とにしようとする悪しき風習として蔓延してしまった。イ​ザナギが身を清めた際に流された垢からヤソマガツヒとオ​オマガツヒの二神が生まれるが、穢れを一身にまとった彼​らは何処へ行ってしまったのか。亡き妻を辱めたあげくに​穢れを持ち帰った当の男、私たちの父はなぜさっぱりとし​た顔をしているのか。水に流されたものは何か。私たちが​追い求めた目先の平和と繁栄の道行きの果てに奇妙な風景​が現れる。目に見えない物質に怯え、目に見えないもので​満たされたぎこちない風景が。

いにしえの山水画家たちは終の棲家を求め、仙郷や桃源郷​といった彼らの理想とする風景を描きその絵の中を旅した​。故郷に立ち入ることも許されない人々を生んでしまった​今日の日本においていかなる風景画が可能だろうか。

かつてそこにあったもののことごとくが消え去り、かろう​じて留まった残骸の集積が織りなす風景、考えてみればす​べての風景はすでに過ぎ去っているのだ。踏み入れた時に​はすでに遅いのだ。私たち生者はいつも立ち遅れている。​今の私に描けるのはそんな風景である。